『クリスマスの約束』

poriporiguchi2005-12-23

昨日、夜の12時前からTBSの小田和正クリスマスの約束見ました。
なんだかんだで毎年見てます。


昨日のは『たしかなこと』とか、新しい曲も放送されたのでよかったです。
『たしかなこと』いい歌ですよね。


ライブで泣いてる人がたくさんいて、自分もテレビを見ながらだんだん泣きそうになってきたりして(ウィスキーを飲んでいたから、ってのもあります)、
だから『なんでこの人の歌は多くの人にこんなに感動を与えるのか』
ということを考えてみました。


思ったのは、小田和正の歌はラブソングでもありながら、けっして特定の誰かに関して歌ってるのではない、ということではないということ。「ずっと一緒にいよう」というありきたりの言葉なんかでなく、「出会おうと別れようと、ずっとにそばにいる」というメッセージを強く歌っているということ。



言いかえれば、いろんなことがある社会・人間関係で、いろんなことがままならず、傷ついたり、悩んだり、どこへも進めなかったりして。
でもその中にあって、人ができることは、誰か大切な人のそばにいて、その人を見つめ続けていくことだということ。


別れて悲しんでる人を慰めているわけではない、想い出を美化する手助けをしているわけではない。ただ、人を愛することはどういうことなのか、そこにいる自分って何なのか、ってことをそのまま伝えようとしているんじゃないかな。
だから恋愛をしていようが、いまいが、みんなにとって切ない歌になるんだと思ったり。


そして、これはボクが何となく思ったんだけど、小田和正の歌は願いであり、祈りであるんじゃないかな、とね。
『どんな人にも、そばにいてずっと見つめてくれるような誰ががいて、その人を愛し、守っていてほしい』っていう祈りの歌なんじゃないかな。
そしてその世界中に対して、全ての人のことを祈ってるんじゃないかと思うんです。


小田和正の歌にでてくる「君」は、その歌を聴いてるみんなであり、そしてさらに多くの人に関して、その幸福を祈り続けています、きっと。だから素晴らしい歌になるんじゃないかと思います。もちろんあの声があってのものだとは思うけどね。


『明日』の歌詞にこんな一節があります。


『もし あたりまえの笑顔きえて 
悲しみだけが世界をつつんだら
ただ祈り続けること そのほかに自分が 
できること その時 あるだろうか』


たぶん祈り続けることしかできないのかもしれません。
でも、祈り続けることはできます。


『涙にふるえながら たたかうべき時があるんだ
守るべき人のために その悲しみを乗り越えるために
     

明日きっとまたこの場所で この世界が続く限り
透きとおる日ざしの中で この坂の上 君を待ってる


でも世界中の君たちよ 気づかないうちにいつからか
大切なことが僕らの 心の外へこぼれていないか・・・』


これは全ての人に対するとても強い祈りです、きっと。